多津美公民館人権教育講演会

 倉敷市の多津美公民館で人権教育講演会があり、私が「特攻隊員の自爆、その背景は」と題して話させていただきました。
 終戦直後の1945年8月24日、一機のゼロ戦倉敷市亀山に飛来。搭乗していたのはその地出身のの神社澄(かんじゃきよし)さん22歳でした。
 神社澄さんは海軍に志願で入っていましたが、特攻隊員になり、その操縦教官を務めていました。終戦小松基地で迎えましたが、「後輩や教え子たちが大勢特攻して行ったのに・・・・」と考えたのかどうか。その9日後に郷里にゼロ戦で飛来、先祖のお墓や小学校、そして自宅の周囲を何回も低空で周回、遺品を投げて、家族や近所の人たちが見守る中で田んぼに垂直に突っ込んで自爆したのです。まことに凄惨なもので、現場は千人を超える人たちが近郊近在から集まって、黒山の人だかりとなったといいます。現地ではいまだに大きな事件として、人々に心に大きな傷を残しています。
 私はその時の様子を詳しく話すとともに、当時の日本の社会の様子、また人権の状態がどうであったかなどを話させていただきました。
 たくさんの方々にお聞きいただき、大変うれしかったです。