親戚の葬式

 やはりここは書いておかなくてはと、一週間後にこれを書いています。
 無くなったのは、従姉妹のご主人。でも当人もわが母方の4代前に繋がっているらしい。つまり親戚。少年のころブラジル移住から帰ってきて、現岡山市藤田の7区干拓に移住。苦労に苦労を重ねて現在を築いた人。わが倉敷工業高校の先輩でもあった。「7区の○○ちゃん」と母なども親しげに付き合って、私には大きな鶏舎が記憶に残っている。
 行ってみると、7区端あたり。隣を流れる川は完全に天井川。海抜ゼロm地帯である。昨年の台風では、堤防すれすれに水がきたとか。児島湾締め切り堤防がかろうじて塩止め堤防となった様子である。
 身近な人の思わぬ激闘の人生をのぞいた思いである。子孫たちはたくましく、家系調査で意気投合してしまった。やすらかにお眠りあれ。